もくわく産地だより:福岡

江戸時代から続く森の経営戦略:久留米・柳川両藩が育んだ八女杉ブランドのルーツ

2025.12.08(Mon)

こんにちは。八女杉もくわくの製造所、株式会社八女流です。

私たちが自信を持って送り出す「八女杉」は、単なる良質な木材ではありません。そこには、江戸時代から脈々と受け継がれてきた、地域の歴史と、二つの藩の「森の経営戦略」が詰まっています。

今回は、八女がどのようにしてスギ林業地になったのか、その歴史の秘密に迫ります。

1.八女杉のルーツは「二刀流」の林政にあり

八女地域は、福岡県南部の筑後国に位置し、江戸時代には久留米藩と柳川藩という二つの大藩の支配下にありました。現代の八女林業の強靭な基盤は、この両藩が競い合い、連携しつつ進めた計画的な林政によって築かれました。

両藩に共通していたのは、ただ木を切るのではなく、未来を見据えた「森の経営」を行っていた点です。

藩の財政を支えた「スギ・マツの奨励」

両藩とも、「山奉行(やまぶぎょう)」や「山守(やまもり)」といった専門の役人を配置し、スギやマツの植林を積極的に奨励しました。

  • 柳川藩の多角的な林産物利用: 柳川藩は、用材となるスギ・マツだけでなく、木炭や椎茸を年貢として徴収しました。さらに、天保年間以降は、ロウソクの原料となるハゼ(櫨)の普及も進め、燃料、用材、油脂資源と、林産物の多角的な利用を図りました。
  • 久留米藩の直営造林: 久留米藩も藩直営や請負の形で大規模なスギ造林を展開し、民有林の小規模なスギ造林と相まって、八女一帯に広大なスギ林帯が形成されていきました。

資源を守る「禁伐林」制度

藩直営の造林だけでなく、両藩は「天神森」「山神森」といった禁伐林を指定し、重要な森林資源の乱伐を防ぎました。利用と保護のバランスを取ることで、資源を枯渇させることなく、子孫の代まで使える持続可能な森林基盤を形成したのです。

2.近代林業への飛躍:「電柱林業」/の時代

藩政期の努力が実を結び、明治以降、八女の森はさらなる発展を遂げます。

特に近代以降、電信・電力網が全国に張り巡らされると、八女杉は電柱材として一躍脚光を浴びます。長尺でまっすぐに育つ八女杉の特性がこの需要にぴったり合致したのです。

「電柱林業」と呼ばれるほど、長材生産が盛んになったことが、八女林業の近代化を加速させ、製材所の設立や技術革新へとつながっていきました。

3.そして現代へ:地域内で完結する「八女杉ブランド」

江戸時代に両藩の政策が重なり合った「先進林業地」としての歴史と、近代の「電柱林業」で培われた長尺材の技術が、現在の八女杉ブランドの礎となっています。

八女市は現在も福岡県最大の森林面積を誇り、山づくりから製材、加工、そして私たち八女流のような製材所による販売までを地域内で完結できる、林業地として位置づけられています。

私たちは、先人たちが築いたこの強固な基盤と、地域に根差した「木を活かし、森を守る」精神を受け継ぎ、高品質な八女杉製品を皆さまにお届けしています。

八女杉の木目一つ一つに、200年以上の歴史と、人々の知恵と情熱が詰まっていると考えると、その価値はさらに深まります。

八女杉のもくわくを通じて、八女の森の歴史を感じていただけると嬉しいです。